「食」の側面から医療・福祉を見つめ支える日清医療食品。ヘルスケアフードサービス業界のリーディングカンパニーです。日清医療食品株式会社

CSR/社会貢献活動の取り組み

第六回 ありがとうの「心」運動 エピソード第六回 ありがとうの「心」運動 エピソード

応募総数 85通
テーマ:「入社して忘れられない思い出」

受賞作 エピソードはこちら

「後からわかること」

わたしが入社して忘れられない思い出は、入社当時事業所の調理師さんを始めとして沢山の方々に怒られ注意されたことです。

入社当時配属された先は病院だったのですが、食数も食種も多く、何もかもが初めての私は緊張とこれから栄養士として働くのだという楽しさと入り混じった感覚でいました。

ですが、実際働いてみると学校での勉強とは違い覚えることが山ほどあり、時間に追われ現場の方にいつも圧倒され、落ち込むことが沢山ありました。

盛り付けに関しても手袋の着用の仕方からまな板の使い方など細かな衛生のルールや、食種によって献立が違ったりなどなかなか覚える事ができずにミスをし、いつも注意されていました。

あの時はなんでこんなに怒られなければいけないんだろう、辞めようかなと沢山思いました。

けれども、衛生に関してはルールを守っていないと食中毒事故につながることや、食種や配膳ミス、配膳遅れは血糖値をコントロールする方や薬の相互作用に関わってくる等、、、

今、自分がチーフとなり、現場の仕事や予算管理の仕事を任された時に、あの人に注意されたことはこういうことだったんだ、この人が注意してくれたのは意味があったんだ、と気づかされ、新しい社員が入社した時に自分も同じ事を言っているなと気づきました。

時々ヘルプや慰安旅行の際にその時にお世話になった方々にお会いすると優しく声をかけて下さり嬉しくなります。

厳しく大変な仕事ではありますが、社員の皆様方がとても責任感が強く業務に一生懸命なのだということ、違う事業所でも交流があり横の繋がりが強いことが日清の良いところだと思います!

(北東北支店 Sさん)

「失敗を通じて学んだこと」

入社して1年目のことです。
当時、私にとって仕事は、お金を稼ぐ手段でしかなかったので、もし嫌ならまた辞めて別のところを探せば良いとしか思っていませんでした。

配属された事業所は総合病院で、欠員も無く、他の事業所にヘルプに行けるくらい余裕のある事業所でした。

私は、チーフや他の栄養士がヘルプに行っている間、現場作業をしながら栄養事務も少しずつ覚えていきました。

チーフと同じ時間に現場に入る事は少なく、入れ違いだったので、チーフと私たち栄養士の間には連絡ノートがありました。

内容は、患者様の食事変更・個人対応、食材の発注について、献立の指示などチーフが不在でも業務が滞らないようにと、チーフが記入してくれていました。

また、どんな些細な事でも、気になる事があれば記入しておくルールになっていました。

入社して数ヶ月後、いつも通り最後の安全点検を終えて帰宅したのですが・・・。翌日は公休で、翌々日出勤したときに休憩室で早番の社員さんから話を聞き、知りました。

保存食を保管している冷凍庫の扉が開いていて、翌日には保存食が全て解けてしまい、台無しになってしまったそうです。公休だったこともあり、チーフからミスについて連絡も無かったし、「そうだったんだ~」と軽い気持ちで申し送りを受けました。

でも、連絡ノートを読んだときに、何てことをしてしまったんだろうと、あらためて事の重大さに気づきました。

チーフからのコメントには、病院の警備員さんから注意を受けた事。万が一、今後2週間の間に食中毒事故が起こったとして、保存食が無ければ検査はできなくなってしまうこと。お客様に多大な迷惑をかけてしまうし、私たちの信用も失ってしまうこと。さらには、同じミスをしないように注意するポイントなども記入してありました。

連絡ノートを読んで、迷惑を掛けていた事に気づかなかった自分がとても恥ずかしくなりました。それから、落ち込んでいた時に、一緒に作業をしていた社員さん達が「誰だって失敗はあるし、同じことしなきゃ良いんだからね」と声をかけてくれて、なんとか立ち直る事ができたのも覚えています。

入社してからの1年間は、細かい作業が多く、覚えるのに必死でしたし、その間ミスをしてはチーフに助けてもらい、現場の社員さんたちには何度も励ましてもらいました。

最初は、嫌なら辞めればいいと思って勤めていたけれど、同じミスはしない、チーフに助けてもらった分何かで返そう、現場の社員さん達よりも早く作業ができるように工夫しようと考えながら仕事をするようになり、だんだんやりがいを感じるようになりました。

振り返ってみると、入社して1年目にこの事業所に勤務できて本当によかったと思います。

現在、私も事業所チーフとして仕事をしています。欠員が続いていて、ヘルプをお願いしないと回らない忙しい事業所ですが、みんなで助け合いながら明るく作業をしています。先輩チーフのように、あったかい気配りが出来ているとは言えませんが、連絡ノートに記入されていた事を参考に、信頼されるチーフを目指して頑張っていきたいです。

(仙台支店 Nさん)

「卒園式で」

「給食の先生方へ
『きゅうしょくのせんせい。いつもおひるごはんをつくってくれて、ありがとう。』あまりにも娘らしい卒園式のことばに、笑いと涙が一緒にこみあげてきました。

食べる事が大好きで、おいしい給食の事を毎日話してくれます。

卒業ギリギリまで私と別れる時には涙がなかなか止まらなかった子の心の支えだったんだなぁと、栄養満点のおいしいお給食を作ってくださった先生方へ感謝の気持ちでいっぱいです。

これからも、たくさんの子供達の成長を支えてください。長い間、毎日の食事をありがとうございました。 母」

卒園式の時に、卒園児が一人一言感謝の気持ちを伝える時があり、その時に卒園児の一人が給食の先生いつも美味しいごはん作ってくれてありがとう。と発表してくれました。

式には、社員2名ほど参加させて頂いており、その言葉を聞いた時には涙がでました。

普段の時も、おいしかった!ご馳走様でした!という言葉をいただくのですが、すごく感動し、今まで頑張ってよかった、もっと頑張ろうと思いました。

式後に、発表してくれた卒園児の保護者の方からもお手紙も頂きました。

頑張ってきた事がこういう形でかえってきて、すごく社員全員にいい刺激になり、「もっといいものを提供したい。

おいしいものを提供したい」となりました。普段の給食も社員全員で味見し、園児たちが美味しく食べられるよう味の細かい調整をするようになりました。

とくに行事食では、施設様ともいっぱい打ち合わせをし、また社員全員で打ち合わせや、実際に料理練習など試行錯誤をするようになりました。

ありがとうと言われ、仕事への取り組み方や姿勢が変わりました。より多く「おいしかった。」「ありがとう。」と言われるように、日々社員全員で頑張ってまいりたいと思います。

(東京支店 Oさん)

「いつも感謝」

今年の4月から働いています。チーフのKさんや皆さんに優しくしてもらい、いつも感謝しています。毎日頑張っています。
(母からも一言)
息子には中度の知的障がいがあります。チーフのKさんにはお忙しい業務の中、細かいお気遣いを戴き心から感謝しています。

そして職場の方々にも優しく接して戴き、毎日安心して送り出しています。

そして何より、障がいのある息子を雇用して下さっている会社にも感謝の気持ちでいっぱいです。

長く働かせて頂けるよう支えていきたいと思っています。

ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

(東京支店 Sさん)

「心遣いに感謝を」

私が妊娠したと分かってから社員全員に助けてもらったことです。

重い物を持ってはダメ!コンテナ運びや鍋を運ぼうとしても「私やりますから!」と手をさしのべてくれたり、体調の悪いときにもシフト勤務を代わってくれました。

欠員だったので、いつも色々と社員にはシフトで無理をしてもらっているのですが本当に良い社員に恵まれたと改めて感じました。

(横浜支店 Mさん)

「ありがとうを伝えてもらって・伝えたくて」

入所Bさんのご家族様より
母からいつも「食事が美味しいのよ」と聞いております。
季節の中で様々な努力をしてくださり、家族としても安心して母を入所させることが出来、ありがたく思っております。

入所Bさんのご家族様より
母は「この事業所はお食事がすごくおいしいの」と常日頃から言っておりました。
おかげで入院先から安心して戻ってくることが出来ました。ありがとうございます。

家族の方からいただいたお言葉ですが、毎日仕事をしている中で、とても励みになる出来事でした。

入所されている方、デイケアを利用されている方にとっては、食事が一番の楽しみだとお聞きしています。

食べたいという気持ちになる食事の提供、かつ安心・安全な食事の提供にスタッフ一同、力を合せて努めていきたいと思います。

そして、私達がもう1人ありがとうを言いたい人…施設管理栄養士のKさん。
家族の方やご本人からの言葉を私達に伝えて下さったり、行事の度に素敵なコメントをつけて写真の記録を残して下さったり…。
厨房スタッフの平均年齢の半分ほどの若い貴女の心遣いが、日々の業務に追われている私達のやる気の源となっています。
これからも宜しくお願いいたします。

(横浜支店 Nさん)

「驚き」

現在、私は入社してから1年ほどになります。(現在、69歳です。働かせていただき、ありがとうございます。)

これから書く事はお世辞、もしくは胡麻をするように聞こえるかもしれませんが、そんな気はなく素直な心で書かせていただきます。

今秋、数種の慰安旅行があり、私(パート社員)は、行けるのか、もしくは少し負担金を払い行けるものだと思っていました。

もちろん現在の職場は、人員不足気味の傾向があったので、その時点では行けるなどと思っていませんでした。

ダメ元で申し込み用紙に記入しておきました。

後日、チーフのNさんから、勤務表をやり繰りしてくださって「この日に行って下さい」と連絡があり、ここで、まず第一に驚きです!
いままで経験した会社では、こういうことはなかったからです。

日程前日にチーフのNさんから、「明日は仕事のことを忘れて楽しんできてね」と、わざわざ言葉をかけていただきました。
これが第二の驚きです。まさか、人手が足りないのに気持ちよく送り出してくれるとは思っていなかったからです。

一日楽しんで(私的にはこの旅行は、高を括る気持ちで少し馬鹿にしておりました。)、帰ってきて、次の日にチーフのNさんが、「どうでしたか?よかったですか?」と、わざわざ声を掛けてくださったのです。

私は、如何に楽しかったか!如何に満足したか!をお話して、最後にバス旅行の賞品をいただいたことを報告すると、チーフのNさんは自分のことのように喜んでくださり、「初めての方が旅行に行けて、楽しまれて、抽選の賞品をもらい、とても良かったです。私達の会社が社員に対して、とても考えていることがわかってもらえ、とても嬉しいです。」といわれ、とても驚きました。これが3番目です。

そしてわたしに、「3年、5年と頑張ってくださいね」と言われました。これが、驚きの4番目です。

おのれが働いている会社を褒める人は、今迄見たことがありませんでした。

不平不満や批判をする人は沢山見ましたが、若くて、部下思いの方はほとんど見たことがありません。こういう人材を育てる会社は、きっと将来、もっともっともっと大きくなることでしょう!

会社にとって、人材程育てるのに難しいものはないというお話です。
最後にチーフのNさん、ありがとうございます!お役に立てるまで、頑張ります。宜しくおねがいいたします。

(名古屋支店 Mさん)

「もう失くしません」

支店から届く給料明細・おせちの申込用紙、それに今月は年末調整の申告用紙とたくさんありました。

各人にそれぞれクリップで留めてお渡ししました。

数日して「証明書が11月に入らんと届かんから待ってください」とか「どうやって書くんだったかいね?」とか言って、毎年の事なのに・・・とみんなで盛り上がっていたら勤続30年の方が「えっ!私どうしよう!探してもどこにもないんです年末調整の書類が・・・どうしたらいいですか?」と、ひどく慌てておられました。

ダメ元で支店に電話し相談に乗って頂いた所、総務部のTさんから「大丈夫ですよ。直ぐに新しい用紙を送りますから安心されるようにとお伝えください」と優しい言葉が返ってきました。

ありがたかったです。次の日に用紙は届きました。よろしくお願い致します。のメッセージも添えられてました。嬉しかったのは私以上に失くされた社員さんでした。

本当にありがたかったのだと思います。「永く勤めていますが、こんな失態は二度としません。すみませんでした。」と用紙を眺めておられました。すばやく柔らかいTさんの神(紙)対応に深く感銘いたしました。ありがとうございました。

こうして今年の年末調整の申告が全員揃って無事に終了いたしました。

(中国支店 Kさん)

「ご家族からの言葉が」

日清が委託を受け、初めてアレルギーを持つ園児さんが入園されました。

その園児さんは鶏系のものすべてが食べられず、チキンエキスでも場合によってはアレルギー反応が出るとのことでした。

私たちも初めてのことで、成分表など調べて、食べられるものを慎重に選び給食提供を行っていきました。

子供の頃の食物アレルギーは成長とともに治っていくことがほとんどと聞いていましたが、その園児さんも成長とともに、だんだん食べられるようになり、卒園する頃には、卵だけ食べられないというところまで治りました。

その園児さんが卒園式を終え最後の登園日の帰り際、保護者の方と一緒に給食室に来てくださり、「6年間この子のために、いろいろと工夫して給食をつくってくださり、ありがとうございました。毎日とても喜んで給食を食べたと話しを聞いていました。小学生になったら、卵料理の日は持参するようになりますが、親子で今後もがんばって行きたいと思っています」と話して下さいました。

入園されて給食提供を始めた頃は、不安だったり、他の園児さんと見た目が同じような給食提供は出来ないかと悩んだりしましたが、このような言葉をいただいたとき、喜んでもらえてよかったな、食べられるものが増えてよかったなと感じ、今でもその言葉が忘れられません。

現在も様々なアレルギーを持つ園児さんがいらっしゃいますが、「ありがとう」の言葉を胸に、今後もみなさんに喜ばれる食事提供を行えたらと思います。

(中国支店 Yさん)

「その電話にびっくり」

私の『入社して忘れられない思い出』は、これからも忘れる事のない思い出です。
それは1ヶ月前のある日、事業所にかかって来た1本のお電話です。

さかのぼる事、3ヶ月…石川県で行われた全国料理コンテストでのある出来事から始まります。

最終日の閉会式で、安道会長の携帯にぶら下がるとある有名なゆるキャラのストラップを発見。

声を掛けずにはいられなくなった私は、「ストラップ可愛いですね!」と話しかけてしまいました。会長は自身のバッグを取り出して「ここにも付いてるよ!」と、にっこり笑って複数のゆるキャラのストラップも見せてくださいました。私は高知のゆるキャラのストラップもぜひ!と心の中で密かに思っていたのですが…。

それから1ヶ月後、本社で行われる商品開発会議にインストラクター代理で出席する事が決まり、思い続けていた事が実現できるチャンスが巡って来ました。

迷いもありましたが思い切ってお渡ししよう!と決めて持参したものの、会議の当日会長がいらっしゃらない事が分かりました。

それでも諦めきれなかった私は、受付の方に相談したところ「秘書の方を通してお渡しします」と、快く受け取って頂けたのです。感謝・感激の気持ちいっぱいで高知に帰る事が出来ました。

そして2週間後、

「お疲れ様です、安道です。可愛いストラップをありがとう」

なんと事業所に、安道会長から直接のお電話。本当にビックリしたのと感動とで上手くお話が出来たのかどうかよく覚えていませんが、本当に嬉しくて、嬉しくて。事業所の社員にも説明し、皆で大騒ぎした事は覚えていますが…。

ワタキューグループ社員8万分の1の私に、会長自らが直接お電話をくださる…。そんな会社に勤めて良かったと思える瞬間でした。これから四国支店の栄養士インストラクターになる私に、エールをくれたのだと勝手に思っています。

これからも「感謝の気持ち」と「謙虚な姿勢」を忘れず、精一杯勤めさせていただきます。

安道会長、ありがとうございました。(ちなみに、私も同じストラップを鞄に付けています)

(四国支店 Mさん)

「認められたくて」

今年の4月、入社後初めてとなる事業所の立ち上げを経験させていただきました。

引継ぎ社員さんも少なく、且つ調理未経験という中での立ち上げで、はじめの頃は右も左もわからない社員と本当に一生懸命な毎日でした。

そんな4月の栄養改善委員会では、自営から委託になったことで病院職員様や患者様には不安があったようで、4月の食事評価は「味が変わったものがあるねー」など悪くは言われませんが認めてもらえていない感じでした。

その内容を社員に報告したところ、少し落ち込んでいましたが、「ただでさえ委託に変わったという事だけで前の方が良かった!!と思われがちなんだから、自営の時よりも更に上を目指さないと!!!」と話をすると、社員1人1人のやる気スイッチが入りました。

作業もだいぶん落ち着いてきたので、味に重点を置きました。病院栄養士様も協力してくれて調味料の割合いや、作る時のポイントなど全調理師さんから教わるなどの結果・・・

7月・8月・9月・10月の栄養委員会では味については患者様が「松風かんぺき」と言ってたよー。とか「カレーの色が前と同じになって辛味もバッチリやったよ」とか「ハンバーグが自営の時よりふわふわしてておいしかったよ」など、とてもうれしいお言葉を頂くことが出来ました。さっそく皆に報告し、喜び合いました。

また、8月のS市の広報で、S市民病院の給食委託についての記載があり、そこには「4月に委託に変わったが社員の対応、食事評価共に良好です。」と書かれていました。

思わず涙が出そうになりました。
私達の事をいつも助けてくださる病院栄養士様には心から感謝しています。
そして、4月から今日まで、そしてこれからも共に頑張ってくれる元気いっぱいの社員さんにもたくさんの「ありがとう!」を伝えたいです。

(四国支店 Tさん)

「相手の心の狭さを責める前に」

仕事をしていると人間関係も複雑で、ある日、相手の言動を許せないという事があり、先輩に相談しました。

当然、同調していただけるものと思っていたのですが、相手の方の良い所を指摘されるばかりで落胆が隠せなかったのですが、落ち着いて考えると先輩の方が言わんとする事がわかりました。

「相手の心の狭さを責める前に、自分の心の狭さに気付かなければならない」

尊敬する先輩のいる会社に勤めて良かったと思っている私です。

(四国支店 Oさん)

「協力のおかげで」

入社してもうすぐ3年目になる2015年1月、私が置かれていた状況は厳しいものでした。

3月に行われる管理栄養士国家試験まであと2ヶ月だというのに、実務終了証明書がまだすべて揃っていませんでした。

立ち上げして4ヶ月目の事業所は人手不足で一生懸命に現場に入ってなんとか回っているという状態。

しかし、そんな状況であっても試験願書締め切り日は待ってくれません。入社してからの3年間は、4つの事業所を異動していたので実務終了証明書を集めるための余裕がありませんでした。

とにかく栄養士が自分ひとりしかいないので、現場で何かあれば対応できるようにと出勤する日々。

ある日の午後、「もうどうしていいか分からない」と応援に来ていた調理師さんに泣きながら相談したところ、

「今日はなんとか人員が足りているので食事の配膳に影響は無い、大丈夫。証明書集めに行ってきない!」

と背中を押されました。急いで勤務していた病院や施設を回り、証明書を確認していただきました。

残るは支店で確認してもらうのみ。しかし、時間はもう16時30分。高松にある支店へ行くためには車で1時間30分。

もう時間が残されていないと焦りながらも、支店へ連絡して出発しました。

結局、支店に到着したのは18時15分。対応してくれた支店のスタッフの方は、証明書の確認を快く引き受けてくれました。本来であれば、18時には退勤していたはずで、私のせいで帰るのが遅くなってしまったのに、笑顔で対応して下さり、すごく申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

翌日、無事願書を投函することができました。

その後、本番の国家試験では「証明書集めに協力してくれた厨房の社員さんや支店の方々、かつて勤務していた施設・病院の方々に対して恥ずかしくないようにしないと」という思いで臨みました。

5月の合格発表で、無事合格を確認して「合格できたのは協力してくださった方々のおかげ、もしどれか一つでも欠けていたら駄目だっただろう」と胸が熱くなりました。

あれから2年が過ぎようとしています。自分が助けられた時と同じように、困っている方がいたら協力できる社員にならなくてはと思いながら日々の業務に取り組んでいます。

(四国支店 Aさん)

「子育てをしながら仕事ができるのは」

勤務中、ちょうど配送が来て検品をしようとしていたところでした。

息子の通う保育園から事業所に電話があり、「お母さん!!○○君が高熱がでて痙攣を起こし、意識がありません!今から救急車で運ばれます!」と言われました。

私は頭が真っ白になりながら、厨房内で仕事をしている社内のみんなに「子供が救急車で運ばれるって!」と言いました。

そしたら、みんなが「気をつけて帰りなさい!」「運転に気をつけて!」とすぐに言ってくれて、私は自分の仕事を全て任せて事業所を飛び出し、病院に向かうことが出来ました。

息子はその後、入院生活が続きましたが、その際も勤務を出来る限り代わって貰い、毎日のように「子供は大丈夫?」と優しい言葉を掛け続けてもらいました。

子育てしながらのチーフの仕事・・・このまま仕事を続けていけるだろうかと本当に悩みましたが、社内のみんなに助けてもらいながら、現在まで続けることが出来ています。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

(福岡支店 Bさん)

「元気のみなもと」

入社してから忘れられない思い出は、たくさんの方々との出会いです。

その中でも患者様との出会いは私にとって、とても大切なものです。

K病院では、自力で歩ける患者様は厨房横の食堂でお食事をされます。

私は患者様に直接お食事をお渡しすることが多く「いつもありがとう」「おいしそう!」「明日で退院します。お世話になりました」「おうちでも作ってみたいのでレシピを教えて下さい」などよく声をかけられます。

下膳の時にも「ごちそうさまでした」「今日のおいしかったよ!」「残しちゃってごめんね」など声をかけて下さいます。

その度に私は「ありがとうございます」と自然と笑顔になれます。

何度か同じ患者様にお渡しするとお名前を覚えるので、顔を見て「○○さんですね!」とお渡しすると「覚えてもらっとる~」と、とても喜ばれます。

中には無愛想な方もいるのですが、「こんにちは!○○さんですね!ありがとうございます(^^)」と笑顔でお渡しするとだんだん挨拶してくれるようになったり、「ありがとう」とボソッと言ってくれるようになったりします。

病室でお食事をされている患者様からも感謝の手紙を頂いたり、病院栄養士様が病室訪問された時など「今日の八宝菜おいしかったって言っていましたよ~」と伝えて下さったりします。

仕事をする中で辛いことや苦しいことはたくさんありますが、患者様から頂ける「ありがとう」や「ごちそうさま」の言葉に私はいつも元気と笑顔をもらっています。

私も患者様が元気で笑顔になれるおいしい食事作りを目指していこうと思います。

(福岡支店 Yさん)

「飛び交うありがとうの言葉」

私が新卒で初めて配属された事業所の話です。
その事業所はわりかし大きな事業所で日清職員がチーフ含めて20名、施設の調理師さんが現場に1名、施設側の栄養士が2名でした。

施設の調理師さんは強烈で、昼食はその調理師さんが作るマイブームな食べ物を1人で2人前量を食べなければいけないというノルマがあり、体重が一年で10㌔近く太った事を思い出します。

そんなユニークな職場では大変なことも多く、その度に日清職員で一致団結し、色々な困難も乗り越えていました。

現在チーフという立場になり、ふと思うことがありました。

なんであんなに大変だったのに、職員のみんなはどんな困難なことも乗り越えられたのか・・・優しいチーフのおかげ?職員が自分の意見を押し殺して仕事をしていたから?

悪者、悪役になってくれる施設の調理師さんがいたから?色々考えれば出てきます。

その中でもすごく印象に残っていることがありました。

それは、何をするにも飛び交う「ありがとうございます」の言葉。大学を卒業し、バイト経験はあったもののこのような職場は初めてでした。ほんとに些細なことなのです。

「汁椀出しました」「ありがとうございます」、「冷蔵庫入れときます」「ありがとうございます」、「野菜搾っておました」「ありがとうございます」、手が空いたので乾燥機を出したら「ありがとうございます」ネガティブな「すみません、ごめんなさい」ではなく全てポジティブな「ありがとうございます」の返し。新卒ながら感動したことを思い出します。

ポジティブな必要最低限の会話ですが、そのおかげか雰囲気は良くみんなで笑って仕事をしていました。

個々に思っていたことはあったとは思いますが、あの時の現場を支えていた要因もあるのではないかと考えました。

最近では、なかなかコミュニケーションの取るのが難しい方が年々増えてきている中、いかに現場内で若手から年配のコミュニケーションを取っていくかを考えた時に、この「ありがとう」から始めることで雰囲気を変えていけるのではないかと思っています。

現在私は、そこの事業所のチーフをしています。前任のチーフに今でもよく相談に乗ってもらえて、この事業所出身の栄養士同士でもいまだに集まれる環境。

10年以上勤続の方が5名もいるそんな職場で働けていることを誇りに思います。

少しでも長く、このいい伝統を後から入って来た職員さん達に引き継いでもらい、一人でも多くの職員さんがこの事業所、日清で働けて良かったと思ってもらえる事業所作りが今後の私の課題です。

そんな風に思える事業所、会社に入社出来た事に感謝しています。10、15、20年勤続目指して頑張ります。

(南九州支店 Kさん)